2007年03月13日

ロシア帝国と日本の関係

ロシア帝国
15世紀にルーシの統一を進めつつあったモスクワ大公国のイヴァン3世は、皇帝を意味する称号「ツァーリ」を使い始めた。ツァーリとはラテン語のカエサルに由来し、つまり皇帝を意味する。1453年にオスマン帝国によって東ローマ帝国が滅ぼされると、イヴァン3世は東ローマ帝国最後の皇帝コンスタンティノス11世の姪ソフィア・パレオローグと1472年に結婚し、東ローマ帝国の紋章「双頭の鷲」も使い始め、ロシアが東ローマ帝国の後継者であることを位置付けた。

その後、イヴァン3世の孫イヴァン4世は、1547年にツァーリとしての戴冠式を執り行い、「ツァーリ」の称号が正式に用いられ始めた。

ただし、それ以前にもルーシの人々は、モンゴル帝国の王族バトゥが創始したキプチャク汗国(1224年〜1502年)のハンをも「ツァーリ」と呼んでいた。モスクワ大公のツァーリ称号の主張は、東ローマの継承と同時にキプチャク汗の支配の継承を意図するものであったとみる説もある。イヴァン4世は1576年、皇子(ツァーレヴィッチ。当時のロシアの用語例では、キプチャク汗の血を引くモンゴル系貴族のこと)シメオン・ベクブラトヴィッチに一度ツァーリ位を譲った後、再び自身が譲位を受けるという行動を取るが、この説に立つ人々は、これをキプチャク汗(ツァーリ)の後継者としての宣言であったと解釈している。

ロシアの君主は、ピョートル1世時代の1721年、「インペラートル」の称号を用い始め、国号を正式にロシア帝国と称したが、「ツァーリ」の称号も引き続き用いられた。
posted by かな at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | マージャン日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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